明治の火葬

江戸時代、まだまだ二割程度だった火葬ですが、なんと明治に入って少し、1873年に禁止の布告が出されました。

 

その理由は、火葬が仏教的であったからと思われます。

 

この禁止令に対抗して、『火葬便益論』が出されます。

 

そこには、火葬のメリットが書かれていました。内容としては、土葬であれば埋葬に場所を取るが、火葬であれば簡単であることや、分骨のしやすさなど、都市生活における利便性についてです。

 

仏教思想をからめずに書いたのは、政府の神道国教化とぶつからないようにするためでしょう。

 

これを受けてか、政府も火葬の禁止はいきすぎであったことを認め、二年後にはそれを撤回しました。

 

火葬をする条件として、市街地から離れることや、煙突を高くすること、火葬場と墓を分離することなどが上げられました。

 

まず京都が市街地の寺院墓地へ土葬することを禁止し、東京も1891年に市街地への土葬を禁止しました。

 

ここでやっと、現在の火葬の普及の土壌ができたのではないでしょうか。

 

 

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